2014年2月24日月曜日

【日記】考えさせられる「感動系CM」中編


友よ、逆境にあるときは
常に、こう叫びなさい。

「希望がある、希望がある、まだ希望がある」と。

/ ヴィクトル・ユーゴー



前回の日記

【日記】考えさせられる「感動系CM」前編
http://ameblo.jp/yokota6/entry-11771075980.html

の続きです。
今回もネタバレがありますので動画だけ先に貼っておきます。
今日の動画は以下の2つ。後で再度紹介するので、日記の流れで読みたい人は飛ばしてください。

読売新聞CM
https://www.youtube.com/watch?v=D46W47k6FJI

リクルートポイントCM
https://www.youtube.com/watch?v=HMvNFqBOsdQ



さて「考えさせられる」感動系CM第二回のお題はコチラ。

読売新聞 CM 僕の走れなかった道 篇 オリンピック
https://www.youtube.com/watch?v=D46W47k6FJI

走る事が好きな少年が、オリンピックへと向かってゆく。
仲間が次々と脱落してゆく中、最後まで走り切る少年。
「感動しました」とか「何度見ても泣ける」と、コメントされています。



が、僕はこのCMを初めて見たときに「んんん?」と思いました。

まず、「子供の頃はみんなスポーツ選手になりたかった」というCMのスタートからして同意出来ない。僕は運動が嫌いなインドア派だったのでスポーツ選手になりたいと思った事は全くありません。

まあ、でも、それは大した問題じゃない。

「んんん?」と思ったのは走っている仲間達が脱落してゆくプロセスです。小学校で諦め、高校で諦め、大人になって諦めてゆく。自分の力の限界を悟った仲間の顔は疲れきっています。

この表現は「スポーツで一番になれなかった人間は落伍者である」という、かなり直球な演出です(それ以外に解釈のしようが無い)。

落ちこぼれてスーツを来た元スポーツマン達。
痛々しい現実です。



さらにCMは続きます。

困難を乗り越え、努力をするエリート選手を「元仲間たち」は応援します。
そして到達したオリンピック。競技会場を見るとどうやらマラソンらしいです。エリート選手は、強そうな黒人選手と戦います。でも、みんなの熱い声援に支えられて金メダルを取る。

そしてまた、「元仲間たち」はそのエリート選手の姿を見て「俺もがんばらなきゃ」と思う。

めでたしめでたし。
皆も読売新聞買って応援しよう!おー!的な。



「目標を変える事なくひたすら頑張ってゴールした奴が偉い」という、直線的な価値観に支えられたCMです。さすが読売新聞といったところでしょうか。

たしかに実際のオリンピックはそうですね。才能がある人が努力して初めてたどり着ける場所に違いありません……違いありませんが、頑張ってるエリートの凄さを見せる為に、落ちていった仲間たちを描くって手法はどうなんだろう?あまりにも下品なんじゃないだろうか?と思った訳です。特にマスをターゲットにした広告として。

実際には「落伍者」でない人達、たとえば「途中でスポーツよりも意義のある事を見出して人生の舵を切った人」なんかも居ると思うんですよね。



このCMを見た当時「僕だったらこういう風に演出するかなあ」というのを2パターン程思いつきました。

まず最初に思いついたAパターン。

それは「仲間は落伍したのではなく、別の未来へと向かっていった」という内容に変えることです。仲間達はスーツ姿になっても、元気で走ったままにしておきます。ある人は電話をかけ、ある人は恋人と走り……そうすることで並走する仲間たちもまた「全力で生きてる」という事を描く。

最後にオリンピックに出た時、サラリーマンとして全力で生きている仲間の応援で、優勝する。そして、その姿を見て、またサラリーマンたちも勇気づけられる。

お互いに励まし合う、Win Win 的なアレです。



次のパターンは「エリートが転ぶ」というBパターンです。

序盤~中盤はオリジナルの演出そのまま。
CMの最後、オリンピック会場ゴール間際。デッドヒートしている選手が転倒。
苦しい顔で諦めそうになるけど、そこにスタンドやテレビの向こう側から応援の声がかかります。それは落伍した筈の仲間たち。

そこでエリートはようやく立ち上がり、もはや勝てる見込みの無いゴールへと向かう……たとえ勝てなくても、落伍者となっても頑張る姿。それは、諦めていった仲間たちそのものです。

がんばれ、がんばれ。苦しい時こそ応援が必要なんだ。
そういう「這い上がれ」的なメッセージ。

こっちの方が変更の工数が少なそうです。工数?



誰か一人を持ち上げるんじゃなく「みんなそれぞれに頑張るんだ」という方向に振ってしまうのは、僕がスポーツをする事に熱心じゃない事に起因すると思います。

しかし、スポーツに重きを置いた人生を送っている人も多いでしょうから、読売新聞のCMも誰かにとっては意味のある、正しいCMなのかもしれません。

それでも、最後のゴールで金メダル取らない方が「これから応援するぞ」感が出ていい気がするんですけどね。



そんな感じでモヤモヤモヤモヤ考えていた時に、衝撃的なCMに出会いました。

「すべての人生が、すばらしい。」リクルートポイントCM
https://www.youtube.com/watch?v=HMvNFqBOsdQ

見ていただければ判ると思いますが、僕が考えたAパターンに非常に近い。人生は何か一つの価値観に縛られるモノじゃない、というリベラルな考え方を全面的に主張した内容です。

「誰だ。人生をマラソンなんて言ったやつは」

というセリフに至っては、読売新聞のCMへケンカ売ってるようにしか見えません(同じマラソンですし)。

このCMを見た瞬間「あ、これは読売CMへのアンチテーゼだ」と感じました。
読売新聞が五輪公式スポンサーなのに対して、リクルートがスポンサーじゃないところも対立構造としては美しい。

これらのCMはセットで見る事で面白さが倍増する、という隠された楽しき方があったのです。感動CMの奥深さに震えます。



ちなみに、リクルートのCMで流れている曲は

レ・ミゼラブル(ああ無情)の「民衆の歌」。
※原題は「Do you hear the people sing(戦う者の歌が聞こえるか)」。

最後までシャレてますなチクショウ。


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2014年2月13日木曜日

【日記】考えさせられる「感動系CM」前編


なぜいつも遠くへばかりいこうとするのか?
見よ、よきものは身近にあるのを。
ただ幸福のつかみかたを学べばよいのだ。
幸福はいつも目の前にあるのだ。

/ ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ



最近話題になったダヴのCM。

ダヴ リアルビューティー スケッチ
https://www.youtube.com/watch?v=E8-XKIY5gRo

今日はこのCMの感想とか。
※ネタバレが多分に含まれるので、イヤな方は先に各動画を見ることをオススメします。



このタイプの映像を僕は勝手に「感動系CM」と名づけています。
「短い時間で如何に人の心を掴むか」という部分で、ゲームシナリオなんかにもとても参考になります。時間も短くて素晴らしい。物語を作る系のお仕事をされている方にはオススメ。

で、そんな感動系CMを見ていると、いくつかのパターンがある事に気付かされます。「情熱系」「喪失系」みたいな感じで。
人の感情の複雑さと単純さを感じずにはいられません。

ダヴのCMは「静か系」とでも言うのでしょうか。
静かに人間の美しさを語る、的な。



このメーカーは「美しさとは何か?」というヒューマン的なテーマを企業理念にしているらしく、サイトにもそうした説明が書いてあります。

美しさは、その人の内側から
http://www.mydove.jp/jp/Our-Mission/Our-Vision/Beauty-Inside-Person.aspx

それは、たとえばこんなCMに現れています。

dove evolution
https://www.youtube.com/watch?v=iYhCn0jf46U

石鹸会社ならではの実直なメッセージ。
というか、化粧品会社には真似の出来ないアグレッシブな方法でもありますが。



今回の「ダヴ リアルビューティー スケッチ」CMでは。

A 自己認識イラスト
B 他者認識イラスト

を比較し、「自分が思っているよりも貴方は美しい」という事を語っており、女性のみならず自己認識に関わる全ての人、つまり全ての人に対するメッセージになっています。

しかしこのCM。よくよく考えてみるとちょっと「?」な部分が多い。

たとえば、画家。
彼が事前にCMのコンセプトを知っていたとしたら、AよりもBを美しく描く事は容易です。悪く言えば「ヤラセ」とか「仕込み」のような事が出来ます。



さらに情報の認識と、その表現について。

人の多くは自分をよく見られたいと思っている動物です。
なので、何かの説明を求められた時には

 「謙遜して、自分を悪く言う」

という言う事がよくあります。
逆に、他者を説明する場合には

 「良い部分を探して褒める」

という傾向になります。
このCMであられているのは、そうしたコミュニケーションの表現部分でのギャップであり、実態としての「美しさ」の情報は自己と他者の内部で変わっている訳では無い、とも考えられます。



また一、相手の容姿を卑下しないのはそれが他人事だからです。
自分の顔だったら細かいところが気になりますが、他人であれば、まあそれでいいんじゃない?的な感じになるのは当然です。これは

 「他人はそれほど貴方の容姿を気にしていない」

という事を示しているに他なりません。
それは残酷で孤独な話です。

今回のダヴのCMから、僕がまず感じたのは「欺瞞」でした。
映像演出のテクニック的に良く出来ているので、感動してしまいますが、構造を探れば探るほど「本当にそうか?」という点がポロポロ出てくる。



でもそのプロセスの中で、自己認識とは何か、他者の認識とは何か、という点をじっくり考えてみると様々な疑問に突き当たります。

 自分で美しいと思う事は何か?
 他人に褒められれば良いのか?
 そもそも「美しさ」とは何か?

最初に感じた「欺瞞」が、喉にひっかかった骨のように気になり、そこから広がる思考。それらの問いかけを前にすると、CM映像は答えを出しているような出していないような不思議な感じ思えてきます。

 「他人は容姿なんて気にしないさ。ベイベー」
 「美しさっていうのは一定ではないんだよ。ベイベー」
 「自分で自分を褒めてやれよ。もっと気軽にな。ベイベー」
 「嘘とか本当とか無いんだよ。ベイベーが決めるんだ」
 「答えばベイベー自身が作るんだ。ベイベー」

本当に多種多様な答えが出せる。こうした回答の前にすると、自分が感じた欺瞞は小さなモノのような気がしてきます。ちなみにベイベーって言ったのは、画家がじょっとジョージ・クルーニーっぽかったからです。ジョージなら言いそうじゃないですか?ベイベーって。



まあ、そんな感じで感動系CMは楽しめるなーと。

制作側の意図かどうかは知りませんが、パッと最初に感じる強い印象と、そこから広がる思索の楽しさがあり、今回のダヴのCMは自分の中でも気に入ったCMの一つとなりました。

実はもう少し他のCMも紹介しようと思ったんですが、長くなったので今日はここまで。


それでは、また。


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